集結した おばあちゃん たち

2007.07.31 Tue

世界を救う13人のおばあちゃんの言葉
キャロル・シェーファー 著  白石由利奈 監訳

世界の五大陸から 伝統ある先住民の生きる伝説・長老の女性たち(グランマザー)が 一同に会した国際会議が開催された
その時の彼女たちの言葉を編んだ本です

空気・水・土の汚染 戦争による残虐行為 悲惨な貧困 核兵器の恐怖と浪費 物質主義が横行した文化 地球上の住人を脅かす疾病 伝統医療の悪用 先住民的生活様式の破壊などなど 母なる大地が直面している未曾有の破壊に 深く心を痛め
先祖代々伝わる 祈り・和平・癒しの方法・伝統医療・祖先の教えによって それらの破壊を食い止め 本来の地球の姿を取り戻し 世界の平和を推し進めようとするものです

賛否両論あろうがそれは読者にまかせるとして

このど素人 自然破壊 環境破壊は 今の物質主義 拝金主義 市場原理主義を否定しない限り止らないだろう と思っている
ここはひとつ 伝統ある先住民族の長老の女性たちの 大地に根ざした神聖な知恵に 敬虔に謙虚に耳を傾けてみるのも良いんじゃないかな と思うのです
この先住民族たちは 西洋人(白人)たちに侵略され略奪され破壊された(今も続いている)歴史を乗り越えてきたという事実
時には信仰の名のもとに 結局は戦いと征服で成り立つ西洋文明が 平和に暮らしていた先住民族を虐げてきたという事実をも発信しているのだ 

グランマザー・ベルナデット が 集結したグランマザーたちに贈る 祈りの言葉 を紹介したい
       ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
 宇宙の偉大なる主よ、我らが祈りを聞きたまえ。悩み苦しむ汝の子供たちを守りたまえ。あまねく世界は涙を流し、人は良識を失い、我らはみな同胞であることを忘れ、汝の法に背きけり。

 全能なる創造主よ、我らを哀れみたまえ。暗黒を払い、命の光、魂の光に向かいて、我らが心の扉を開きたまえ。

 ひとつの声によりて、5つの大陸からグランマザーが来たりてここに集結せり。我らは汝の足下に跪き、自然の生命の力の前にひれ伏せり。

 汝、我らを赦したまえ。我らは自然を汚し、汝が愛と平和を込めてつくりたまいし空間をすべて破壊せり。我ら、汝に請う。我らが愛を見出すよう、互いを愛し、赦し合うことを我らに教えたまえ。

 太陽と月と星と、海と山と、大地と森と空気と、雷と水と火のスピリットよ、我らが祖先よ・・・・・我らを助けたまえ。地球を、そして我らが子孫を見守りたまえ。我らの心を寛容と調和に目覚めさせたまえ。疫病や疾病、そして汝らの怒りの徴(しるし)たる自然災害から我らを守りたまえ。

 この日まで我らを守りし主よ、感謝し奉る。我らを集めし主よ、感謝し奉る。願わくば汝の聖なる御手が、我らが勤めを祝福せんことを。世界に平和が行き渡らん事を。汝に栄光あれ・・・・・


  1. 2007/07/31(火) 22:08:56|
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オスの哀しさ

2007.07.28 Sat

セミが鳴き始めました
毎年の事ですが この何日間かが勝負なんですね

必死に鳴けば鳴くほど オスの哀しさを思わずにはいられないのです

動物のオスというのは 総じて哀しいものです

ケモノなら大きさ・強さ 鳥・魚なら派手さ・美しさを セミはあの鳴き声で必死にアピールするのです

とにかくメスに気に入られる事に命かけます
メスに好かれて選ばれるためなら 容姿から性格 あげくは遺伝子までも変えてしまうほどです

力ずくのような恥知らずなマネをするオスは 人間ぐらいなもんです

何が言いたいかってぇと オスとは哀しい生き物 ってことを メスに自覚して欲しい ってことなんです

オスってのは メスの望むオス像に どんどん迎合していく 哀しい生き物なんです

大げさに言うと 動物の種の存続は メスの オスに関する価値観によって決まる といってもいいほど と思うんですな

つまり 今の 男が勇気もなく頼りなく 政治家とて理念も気概もなく 拝金主義で金儲けの為なら何でも有りの恥知らずが増えている現状をみるにつけ

一昔前 男性の理想像は 背が高く 高学歴で 高収入 親とは別居 なんてな風潮を煽っていた事を思い起こして欲しいんですわ
勇気があって 正義を貫き 恥知らずなまねをしない男 なんてこと は二の次にしてたんじゃなかったかってことなんです

責任を転嫁する気はありませぬが オスとは哀しいもので なんだかんだ言っても結局はメスの望む通りになっていっちまうんですなこれが


そこで メスにお願いしたいのであります

弱いものを体を張って守る勇気を持ったオス 正義を貫くオス 恥知らずなマネをするくらいなら死んだほうがましという信念を持ったオス これこそ 理想のオスと思ってもらいたいのです

それが 当ったり前のオス と言ってもらいたいのであります

そういう風潮・世相を どーか創ってもらいたいのであります


そーなれば オスは変わり 政治家も変わり 日本は変わるのです



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  1. 2007/07/28(土) 22:43:41|
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チョットだけ深刻そうな顔

2007.07.27 Fri

新潟中越沖地震
柏崎刈羽原発のトラブルが次々と発覚

そのたびに毎度おなじみの光景が
東電の社長や責任者たちがズラリと並び チョット深刻そうな顔をして 頭を下げる

“チョットだけ深刻そうな顔” に見えるのは このど素人だけだろーか

この連中は 事の重大さを本当に認識して 心の底から謝罪してるんだろーか と思ってしまう

想定外 ですむ問題ではなかろう もし最悪の事態になっていたら 東電の社長や社員が謝罪したところで クビになったところで すむ問題ではなかっただろう

その恐ろしさが解っているのか こいつらは と思ってしまう

『 政治家が何を言おうと 住民が多少騒ごうと 今の世の中 原発なしでは電力事情は成り立つはずもなく 止めさせられるもんなら止めさせてみろ 困るのは国民だ 』
ぐらいの 体質が見え隠れしていないだろーか

『 ま とりあえず 頭を下げて 「速やかに改善策を・・・」 ぐらいのことを言っておけば・・・ 』 みたいな横柄さや無責任さが見えてしまうんだな

今後も原発に頼らざるを得ないならば 今回のような危機意識の希薄さに対するペナルティは 経済産業省資源エネルギー庁の関係者から東電の責任者 刈羽原発の責任者などをそっくりクビにして “ 徹底した危機管理意識 ” を持たないなら 自らの安穏とした生活をも失うことになるんだ という “ 見せしめ ” しかないんじゃないかな


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  1. 2007/07/27(金) 22:06:56|
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募金活動に消費税・・・

2007.07.26 Thu

新潟県中越地震
一刻も早い 被災者の救援と 被災地の復興を願わずにはいられない

ところで 今テレビで呼びかけている募金活動
TBSカンガルー募金 や テレビ朝日ドラえもん募金 など

ダイヤルQ2の仕組みを使って 1回ダイヤルして約1分のガイダンスを聞くと 105円 の募金になるという
多くの人の善意が反映するわけで 大いに素晴らしい試みとは思うんだが

このど素人 105円という金額に引っかかるんだな

よくよく見てみると 100円が義援金ととなり 5円は消費税分という事らしい

おいおい 消費税とは 消費者が何かを消費する時にかかる税金じゃないのかい
この時点でいったい何に対してかかっている消費税(5円)なんだ?

「このお金を 何か困っている事に役立ててください」 という趣旨のお金なんだから
そのお金で 必要なものを買ったり 復興に必要な工事をしたりするときに発生する 消費税 というならわかるんだが それなら 105円が そっくり義援金でなければならないわけだし

NTTには通話料を払うんだし ダイヤルQ2の情報提供者というのは それぞれの募金の事務局なのかな? 情報の制作などその性格上無償が当たり前だし NTTに払う手数料だってその性格上無料だって良いわけで どうしても必要なら消費税ではなく 募金の収支報告で 『強欲なNTTへの手数料』という項目を作って募金から差し引けば良いわけで

ではこの募金100円につき5円の消費税分は いったい誰が何に対してどう納める消費税なんだ? ってことになる

被災地の復興や被災者の救済を願う 純粋な募金の行為に消費税がかかるというのはどういうことか

募金活動という無償の行為も 単なる消費活動ということになるのだろうか

このど素人には どーにもわからんのだ




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  1. 2007/07/26(木) 22:08:16|
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分別注意

2007.07.25 Wed

『 お茶づけ海苔 』 と 『 さけ茶づけ 』

「作り方」 は まったく同じ
「永谷園流おいしい食べ方」 も 同じ
デザインもほぼ同じ

お茶漬け

なのに なんでか
『お茶づけ海苔』は “ プラ ”
『さけ茶づけ』は “ 紙 ”

ゴミの分別に注意!


なるほど プラ は切れにくいから “切り口”が・・・
消費者にやさしい んだか なんだか・・・


  1. 2007/07/25(水) 22:03:13|
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非常時の医師の・・・・・

2007.07.24 Tue

新潟県中越沖地震で 刈羽村の倒壊した家屋から瀕死の状態で救出されながら 約1時間にわたって受け入れ病院が見つからず たらい回しの末 死亡していた というニュース

住民が救急車を要請したが 村に常駐する救急車がなく 消防団の消防車が先導し 軽トラックで搬送した
道路は隆起し 亀裂があり 思うように進めない
刈羽郡総合病院(柏崎市)に向ったが 「医師が足りない 受け入れられない」 の無線連絡
長岡赤十字病院(長岡市)に向かおうとしたが 「いっぱいでだめ」
反対側からきた救急車を呼びとめ事情を説明し すでに乗っていた負傷者と乗せ換えてもらい 柏崎総合病院に搬送したが 間もなく死亡した

被災地の病院には他県から応援の医師が多数駆けつけたが それでも対応は間に合わず 救急車も不足 道路網も寸断という悪条件が重なった

受け入れを断った 刈羽群総合病院 長岡赤十字病院もともに 病床数も医師の確保状態も良好で それに他県からの応援医師も加わって対応していたが 負傷者の数が多すぎて対応に限界があり パンク状態だった という

大規模な災害とはこういうものか 道路の寸断などあればなおのこと この教訓を後に生かした救助システムを構築するのは勿論だが

ここで このど素人が気にしたいのは この非常事態における病院・医師たちの心情と取り巻く世相

一人でも多くの人たちを救いたい の思いに 例外はなかろうと思う
他県から数多くの応援医師たちが いち早く被災地に入り対応していたことからも 明らかだろう

この重傷者についても 『 もう選択の余地がない状況ならば たとえベッドがなくても 完璧な処置はできなくても でき得る限りの処置を施せば 助ける事ができたかもしれない 』 という思いは おそらくあると思うんだな

病院も医師も それでも 断らざるを得なかったのは 完璧な処置ができないという一点からなんだろうな

今は 何でも責任追及 何でも人権 何でも訴訟 の時代である
何かがあると 即責任を追及され 訴訟を起こされ 賠償問題になり たたかれる
危うきに近寄らず となっても無理からぬこと


患者もその家族も 非常時には特に 他の重傷者と譲り合って 『完璧ではなくてもいい できる限りの処置を それでダメならしょうがない』 という “ 潔さ ” が必要なのだろう 勿論 医師の誠心誠意は前提であるが

“ そういう社会だったなら ” きっとどこかの医師がいち早く受け入れ 完璧ではなくともできる限りの手を尽くし 一命を取り留めることができたかもしれないな


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  1. 2007/07/24(火) 18:25:29|
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日頃の不義理を・・・・

2007.07.21 Sat

故郷とは ありがたいもの

猛暑を乗り切れ と
ふるさと小包 届きます


《富良野レッド》 と 《夕張メロン》 
MERON


日頃の不義理を 心から反省しつつ

いただきまーす



PS
メロンには 切りごろ(食べごろ) があるようで
外見の色味によるのだとか 同封の説明書必見
  1. 2007/07/21(土) 18:56:41|
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