“ 魔法の要因 ”

2006.12.30 Sat

今年 北海道の各地でスズメが大量死したことがあったっけ。
あれ ど−なったんだろう。
原因はなんだったのか。
未解決のままで 今年は終わるのか。

他にも 千葉の方でイルカが オホーツク沿岸で海鳥が つい最近では大量のサンマが (これは原因解ったんだったか)。

とにかく 原因不明の大量死がいっぱいある。チョット不気味ではある。

少し前には イランのカモ モンゴルの羊などの大量死もあったとか 鳥 魚から哺乳類まで。

これほど 医学も 化学も 気象学も発達しているというのに 大量死の原因が解らない例がこれほどあるとは。
自然の神秘の前には 人間の小ざかしい知識や想像力なんぞ 無力と言うことか。 

結局は 環境汚染 オゾン層破壊による異常気象 温暖化 それらによるストレス などに 落ち着いてしまうようだが。
これらは 万事に通用する “魔法の要因” になっている気がする。

これらを耳にすると その時はチョット深刻な顔になり 行く末に想いをはせ チョット危機感を募らせる。
が すぐ 我に返り リサイクルを徹底しようとか 節電しようとか 二酸化炭素を減らそうとか そのあたりを再認識するばかり。
かといって 大量消費 飽食の生活は変わらないし 便利で快適な生活を探求することはやめない。問題はここだ。


   “武士は食わねど高楊枝”
自然を破壊するくらいなら 食ったつもりの やせ我慢 暑さも寒さもすきま風も なんのそのの やせ我慢。
そのうちに体も慣れてくる。糖尿 高血圧 メタボリックも絶滅よ。

どーよ この 精神 で生きてみては。
・・・と ど素人の戯言。

そうこうしているうちに まもなく また一つ歳をとる。
何としても “お天道様に恥ずかしくない 生き方” だけは と思うばかりである。

そして この原因不明の大量死 鳥 魚 羊・・・に “人間” が加わらない保障はどこにもない という事だけは確かだ。


  1. 2006/12/30(土) 00:08:29|
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勇気と決意

2006.12.28 Thu

シンクロナイズド・スイミングの日本代表コーチ 井村雅代
中国ナショナルチームのヘッドコーチに就任。
のニュース

中国は 北京五輪で どうしてもメダルが欲しい。

そこで 日本の名コーチ 井村雅代に依頼する。

国民感情的にも問題多いと思われる日中関係に於いて
双方のスポーツ関係者の 勇気と決意 しだいで これほどの事をも実現できることを見せられ ホッとさせられる。

日中とも 国民レベルではもっと仲良くできるのだろう。

「よりによって中国に・・・」 などの心無い誹謗 中傷 非難も “一身に受ける覚悟” と言い切る
井村雅代 の プロフェッショナルな精神に心から敬意を表したい。

久々に 気持ちのいい日本人 を見た。

  1. 2006/12/28(木) 00:24:57|
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金魚椿

2006.12.27 Wed

散歩の途中で出会った 妙な葉っぱ。

枝ぶりも葉っぱの感じも 確かにツバキなのに。
この変形は許せない。

葉っぱの奇形(縮み 巻き)は 害虫 病気など
つい敏感になるが しかし よーく見ると 病気 害虫ではない。

   “金魚椿” の葉っぱ。
金魚椿


調べてみて 初めて知った。
葉先が金魚の尻尾?の様なところから命名されたとか。
勉強不足が恥ずかしいが。

大昔のどこかで品種改良されたものなのだろうか。

花は何の変哲もなさそうだし。
だったら “金魚椿”ファン には申し訳ないが
このど素人 どーも好きになれない。

どうしても 尋常でない葉っぱ に見えてしまい 気になってしまう。
どーにも 落ち着かない。

ま “金魚椿” に罪はないが・・・





  1. 2006/12/27(水) 19:42:44|
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“ 黒い金 ”

2006.12.26 Tue

大手主要銀行 大幅な利益が出たので政治献金するって

安倍首相は
『この時期 国民の理解が得られないから 受け取りを見合わせる 』 だと

金を取るか 世論を取るか みえみえの世論取り
国民をなめている。

揃いもそろって なに考えてんだか なんと恥知らずな連中なんだろ。

それにしても この銀行どもの頭の中はどーなってるのか。
自分らの尻拭いを国民の税金でやったという自覚はないのかね。

金勘定 損得勘定に執着する奴に 上等なものの考えは望めない 金貸し稼業などロクなもんじゃねー ってことか。
そー思われてもしょうがないぜ まったく 呆れた根性だ。
『志』ってもんが無い。


このど素人は
夏目漱石 空谷子の 『金 色分け説』 信奉者につき。

銀行は本来 他人の金を右から左に動かして利ザヤを稼ぐ “黒い金” で成り立っている。
税金は われら国民が血と汗で稼ぎ出した “白い金” だ。

銀行は自分たちの不始末でお手上げ状態になり 公的資金(税金)が導入された。
つまり “白い金” で銀行は再建され 大きな利益を得た。当然この利益は “白い金” だ。

政治献金なんていう ロクでもない金は 本来のてめーらの “黒い金” を使え ということだ。
“白い金” は政治献金なんぞには使えない。 “黒い金”社会 では紙切れ同然の金なのだ。

“白い金” は 預金者に還元するとか 汗水流して働く中小企業への融資とかの “白い金”の社会 でしか通用しないのだ。

どーよ。この戯言。

  1. 2006/12/26(火) 00:35:47|
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マグロ が・・・・

2006.12.24 Sun

日本の食卓から “マグロ” が消える。

そんなに深刻な問題か?

日本は今まで 捕り過ぎたし食べ過ぎた。
日本はマグロ全漁獲量の4割も食ってるっつーんだから いかにも食い過ぎ。

寿司 刺身など生で食する文化は 日本発全世界なんだし。

美味しいんだと。 そりゃそうだ。 日本人の味覚は確かだもの。
世界中が美味しさを知ってしまえば そりゃー海にマグロがいなくなるっていうのも無理は無い。

中国なんぞ ものすごい消費量になってきたんだと。
あそこは節度ってもんが無いから恐ろしい って 日本だってそうだったわけだ。

もう日本人は食べなければよい。
散々食べてきたし マグロ食わなくても死にゃーしない。
他に食べ物はいっぱいある。

日本には特に厳しく漁獲枠が減らされ 漁業関係者は死活問題になるというが。

そこで このど素人は思うんだが

漁師たちのために マグロの値段を どーん! と上げることだ。
減らされた漁獲量を皆で分け合って みんなの生活が成り立つ値段にすればいい。
べらぼーな値段になるだろうが。

超高級料理店で 目の玉飛び出るよーな値段で食べさせればよい。

“なんとか族”とか“なんとか長者”が金にもの言わせて食えばよい。
一年にいっぺん なんとか記念日に 意を決してマグロを食いに行く というのもよい。

とにかく自分たちが 散々食べておいて 他の国に資源環境保護どうのこうので 食っちゃいかん というのだけはやめよう。

まるで 自分たちはとっくに開発保有している核兵器を 他の国は開発も保有もいかん と言い張っている国たちの 理屈の通らない 恥知らずな言い分と変わらんだろう。


(保有を認めろ ではない 保有国が廃棄しろということなので あしからず。)

どー思う?
  1. 2006/12/24(日) 00:10:21|
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“ 追腹(おいばら) ” 

2006.12.22 Fri

まったく 武士ってやつは 純粋と言うか 単純と言うか
戦場に出ては 主君のために命をかけ 討死も名誉と考える。

主君に対する忠義の為なら 命もいらぬ と。

主君が死んだ時 従臣が後を追って腹を切る ”追腹 ”という行為があった。
この 『殉死』 は忠義の表れとしてしごく名誉の事とされていた。
明治天皇崩御の際の 乃木大将夫妻 の 殉死 はよく知られるところ。

中には 主君の病気の回復が思わしくないので 家臣が病気の回復を願い主君に先立って “追腹” をしようと言う者まで現れる。こうなると もう願掛けの世界。

どちらにしろ このあたりまでは従臣の主君に対する忠義の一心。

ところが これがだんだん流行のようになってくる。

しかも この “追腹” に格付けまでされるようになる。
 『義腹』・・純粋に 主君に対する義による切腹
 『論腹』・・立場上やらねばならない追腹
       だれそれが追腹をするのなら自分もという切腹
 『商腹』・・子孫 お家を引き立ててもらおうと言う計算づくの追腹
とまあ こんな調子である。

そのうちに 大名たちは この 『殉死』 を競い合うようになる。
事前に “追腹” する家臣の名簿まで作るようになると言うから
これはもう切腹の大安売り。

当の家臣たちは大真面目なんだから 滑稽というか 哀しいと言うか。

さすがに これでは 新主君に仕える有能な家臣たちまで失ってしまう ということもあって 心ある大名たちが “追腹禁止” を唱えだし 遂には全面的に禁止となる。

今まで 武士としての義とか名誉とか つっぱらかっていたものの いざ “追腹禁止” となると 内心はホッとするはずも そこは武士の見栄っ張り。
なかなか 「やめる」 とは言い出せない。
中で 勇気のあるものが 「禁止の沙汰あっては しようがない」 と言い出すと
それで みんな またホッとする。

そんな様子を 思い浮かべると 思わず笑ってしまうが。

この “追腹禁止” は あっという間に徹底されたと言うから もともと理のあるものではなかったのだろう。
しかも いざ禁止となると 各藩は 「我が藩が最初に “追腹禁止” を打ち出した」 と 競うように自慢し出すというから またまた笑ってしまう。

戦場で主君を守りきれなかったとき 「お供をする」 が発端とすれば 平安の世にはもともと必要ではないのだろう。

このど素人 『武士道』 に夢中だが さすがに この “追腹の精神” は 最初の動機がどうであれ 今の世には無用のものだろうと思う。
武士の純粋さ 不器用さ 哀しさ と心に留めておくだけにしたい。

未来の平和 繁栄 教育のために役に立たないものには 今は 用は無い。

  1. 2006/12/22(金) 00:51:31|
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「 金 」

2006.12.20 Wed

武士道を読みあさっていて
夏目漱石の小説の一部を抜粋して載せているものがあった。
実に興味深い文章。
早速 夏目漱石のそれを読んでみる。
思った通り 終始ニヤニヤさせられる。
今の荒んだ 道徳観念に ジャブ を見舞うかのような 短編。
ご存知の方も多かろうが このど素人 いたくカンドーさせられたもので
少々長いが ぜひ全文を紹介させてもらいたい。

夏目漱石 著
『永日小品』 の中の短編 
「金」

激烈な三面記事を、写真版にして引き伸ばしたような小説を、のべつに五、六冊読んだら、まったく厭になった。飯を食っていても、生活難が飯といっしょに胃の腑まで押し寄せてきそうでならない。腹が張れば、腹が切歯詰まって、いかにも苦しい。そこで帽子を被って空谷子(くうこくし)の所へ行った。この空谷子というのは、こういう時に、話をするのに都合よくでき上がった、哲学者みたような占い者みたような、妙な男である。無辺際の空間には、地球より大きな火事が所々にあって、その火事の報知が吾々の目に伝わるには、百年もかかるんだからなあと言って、神田の火事を馬鹿にした男である。もっとも神田の火事で空谷子の家が焼けなかったのはたしかな事実である。

 空谷子は小さな角火鉢に倚れて、真鍮の火箸で灰の上へ、しきりに何か書いていた。どうだね、相変わらず考え込んでるじゃないかと言うと、さも面倒くさそうな顔付をして、うん今金の事を少し考えているところだと答えた。せっかく空谷子の所へ来て、また金の話しなぞを聞かされては堪らないから、黙ってしまった。すると空谷子が、さも大発見でもしたように、こう言った。
 「金は魔物だね」
 空谷子の警句としてははなはだ陳腐だと思ったから、そうさね、と言ったぎり相手にならずにいた。空谷子は火鉢の灰の中に大きな丸を描いて、君ここに金があるとするぜ、と丸の真ん中を突ッついた。
 「これがなんにでも変化する。衣服にもなれば、食い物にもなる。電車にもなれば宿屋にもなる」
 「下らんな。知れきってるじゃないか」
 「いや、知れきっていない。この丸がね」とまた大きな丸を描いた。
 「この丸が善人にもなれば悪人にもなる。極楽へも行く、地獄へも行く。あまり融通が利きすぎるよ。まだ文明が進まないから困る。もう少し人類が発達すると、金の融通に制限を付けるようになるのは分かりきっているんだがな」
 「どうして」
 「どうしても好いが、・・・たとえば金を五色に分けて、赤い金、青い金、白い金などとしても好かろう」
 「そうして、どうするんだ」
 「どうするって。赤い金は赤い区域内だけで通用するようにする。白い金は白い区域内だけで使うことにする。もし領分外へ出ると、瓦の破片同様まるで幅が利かないようにして、融通の制限を付けるのさ」

 もし空谷子が初対面の人で、初対面の最先からこんな話をしかけたら、自分は空谷子をもって、あるいは脳の組織に異常のある論客と認めたかもしれない。しかし空谷子は地球より大きな火事を想像する男だから、安心してその訳を聞いてみた。空谷子の答えはこうであった。

 「金はある部分から見ると、労力の記号だろう。ところがその労力が決して同種類のものじゃないから、同じ金で代表さして、彼是相通ずると、たいへんな間違いになる。例えば僕がここで一万噸の石炭を掘ったとするぜ。その労力は機械的の労力にすぎないんだから、これを金に代えたにしたところが、その金は同種類の機械的の労力と交換する資格があるだけじゃないか。しかるにひとたびこの機械的の労力が金に変形するやいなや、急に大自在の神通力を得て、道徳的の労力とどんどん引き換えになる。そうして、勝ってしだいに精神界が攪乱されてしまう。不都合極まる魔物じゃないか。だから色分けにして、少しその分を知らしめなくっちゃ不可んよ」

 自分は色分け説に賛成した。それからしばらくして、空谷子に尋ねてみた。
 「機械的の労力で道徳的の労力を買収するのも悪かろうが、買収されるほうも好かあないんだろう」
 「そうさな。今のような善知善能の金を見ると、神も人間に降参するんだから仕方がないかな。現代の神は野蛮だからな」
 自分は空谷子と、こんな金にならない話をして帰った。               ・・・終・・・


どーだろう
今どきの “金崇拝社会” がもたらす “道徳観の崩壊” を見すかしていたのだろう。
なーんか ヒントになりそーな
あれこれ 考えさせられ しかも 痛快である。

夏目漱石の “眼力 感性” には今更ながら恐れ入る。
  1. 2006/12/20(水) 00:09:44|
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